在宅医療の現実 映画『いのちの停車場』

皆さんは、一般に在宅医療と聞いてどんなイメージがあるでしょうか。

あまりなじみのない私は介護サービスと混同してしまうところがありますが、よくよく考えてみれば医療と介護の違いと意識すればわかるものですよね。

在宅医療に接点のない人からすると在宅医療とは具体的にどのような医療を受けることができるのか、また実際にどのような患者さんがいて在宅医療医師はどのような仕事をこなしているのか興味が湧きますね。

映画『いのちの停車場』は、そんな在宅医療に携わる医師の仕事や生活の実情が描かれている作品です。

いのちの停車場公式HP

この映画こんな方におすすめ! ~鑑賞のススメ~

  • 在宅医療を受診した経験がある方
  • 老後の将来が不安な方
  • 医療従事者の方

作品あらすじ

作家としても活躍する現役医師・南杏子の同名小説を「八日目の蝉」の成島出監督が映画化し、吉永小百合が自身初となる医師役に挑んだ社会派ヒューマンドラマ。

長年にわたり大学病院の救命救急医として働いてきた白石咲和子は、ある事情から父・達郎が暮らす石川県の実家に戻り、在宅医療を行う「まほろば診療所」に勤めることに。

これまで自分が経験してきた医療とは違うかたちでの“いのち”との向き合い方に戸惑いを覚える咲和子だったが、院長の仙川をはじめ、診療所を支える訪問看護師の星野、咲和子を慕って診療所にやって来た元大学病院職員の野呂ら周囲の人々に支えられ、在宅医療だからこそできる患者やその家族との向き合い方を見いだしていく。

咲和子を追って診療所で働き始める青年・野呂を松坂桃李、訪問看護師・星野を広瀬すず、院長・仙川を西田敏行、咲和子を温かく見守る父・達郎を田中泯が演じる。(映画.comより)

原作

原作は現役医師でもある、南杏子さんが2020年に発表した同名小説。

医師だからこそ描写できる医療現場の臨場感、安楽死などのといったテーマに深く切り込み、話題となった小説を『八日目の蟬』の成島出監督が映画化したものです。

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在宅医療とは

在宅で行う医療のこと。
外来・入院についで第三の医療として捉えられている。

在宅医療の内容

在宅医療の内容に特段制限はなく、可能な療法としては下記のようなものがある。

  • 呼吸補助療法・・・在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法、在宅陽圧呼吸療法
  • 栄養補助療法・・・在宅中心静脈栄養療法、成分栄養経管栄養法
  • 排泄補助療法・・・在宅自己導尿療法や持続導尿や人工肛門の処置など
  • 在宅注射療法・・・インスリンや麻薬(モルヒネなど)の注射
  • 補助腎臓療法・・・在宅人工透析療法など。

在宅医療の費用

一般的に入院するより安いが、外来に通うより高いようです。

ネタバレビュー・考察

いきなりネタバレから入りますが、冒頭の咲和子が東京の病院で起きたある事件とは次のようなことです。

東京の救命救急センターで働いていた、医師・白石咲和子(吉永小百合)は、ある日トンネル内で起きた大規模交通事故の急患に対応していた、ところが同時に別の交通事故で運ばれてきた少女を医療事務員の野呂聖二(松坂桃李)が抱きかかえながら連れてくる、咲和子は複数人の対応をすることになるが迅速な判断で優先順位をつけ、少女の対応を後にすることに。

心配する母親に見守られながら痛みに苦しむ少女、見かねた医療事務員の野呂はこのあと処置に使うためにすでに用意されていた医療用麻酔?の点滴を少女に開始してしまう。

正義感から野呂が行った医療行為は当然ながら医師以外が行うことはご法度であり、病院側はそのことを問題として取り上げ野呂を処罰対処しようとするが、咲和子はその尋問会議に乗り込み、現場リーダーは自分であり全責任は自分がとると言い、救命救急センターを退職する。

というのが、ある事情の内容です。

白石咲和子の設定は50代から60歳前後だと思われますので、吉永小百合さんの実年齢よりは10歳以上若い役をこなしているということですね、さすが普段から健康に人一倍気を付けて生活されている吉永さんだからこそ可能な役だということですね。

この救命救急センターでの吉永小百合さんの演技は彼女の口調や雰囲気、大女優ならではのイメージも相まって、救急でのシーンなのに落ち着きすぎているのではないかとか、吉永さんの雰囲気に合っていないのでは、とかの声が見受けられましたが、私は決してそうは思いませんでした。

淡々とセリフをこなして見えるのはそのように見せる吉永さんの魅力であると私は考えます。

実際にセリフ間の間合いとセリフを言いながらの行動間は無駄な間はなく、二次急患で運ばれてきた少女の対応も一見すれば落ち着きすぎている雰囲気はあるが、急患処置の優先順位の判断を下すまでの時間は演技をしているとはいえ魅せるための最短時間での最大の演技をされていたのだと思う。

あれだけの大女優である吉永小百合さん「長年、医師を演じてみたかった。。。」と言っているほどですので役作りの研究だって相当されているはずですからね、ぜひこれから作品を観る方はこの冒頭の救急センターの患者さんへの対応シーンにも注目してみてください、余分な間が一切ない素晴らしい演技であることがわかります。

実家へ帰京した咲和子

東京の救命救急センターを退職した咲和子は実家のある石川県金沢市へ帰京する、久々に再会した高齢の父 白石達郎(田中泯)が杖を突きながらバス停まで咲和子を迎えにきてくれていた。

この時はいいシーンだなくらいにしか思わなかったのだが、

この咲和子の父が暮らしている実家というのが結構な急な階段が続く上り逆の上に立つ家なのだ、こりゃ杖をついて歩く高齢者には大変だろうなと感じるとともに、この道を父親が杖を突きながらバス停まで迎えに来てくれたやさしさと娘を思う親心に感動した。

まほろば診療所

金沢に帰った咲和子の次の仕事は、陽気な性格で皆から慕われている院長の仙川徹(西田敏行)が経営する〝まほろば診療所〟で在宅医としての再出発だった。

東京で活躍していた経験も知識も豊富な医師が田舎の診療所に来るという、表面だけ見たらここまではよくある話です。

まほろばには、訪問看護師の星野麻世(広瀬すず)が亡くなった姉の子を育てながら自分を救ってくれた仙川のもとで働いている。

そして東京で一緒に働いていた野呂も咲和子のもとで働きたいと咲和子を訪ねてきてまほろば診療所のスタッフ(運転手)となる。

麻世と野呂の二人の若手の希望や目標がどのように変化していくのかも興味が湧く。

STATION

まほろば診療所の食堂的なバー〝STATION〟

マスターは世界中を旅し、金沢に辿り着いた吟遊詩人 柳瀬尚也(みなみらんぼう)

日々様々な患者と向き合うまほろばのスタッフに打ち合わせや休息の場を提供している。

近隣の5名の患者

咲和子が勤め始めたまほろば診療所は現在たった5件の患者しかいない。

咲和子も思っていた〝たった5件〟だが、この5件が5つの人生としてのボリュームに気づき、真摯に向き合うことで、咲和子たちの考え方を少しづつ変えていく事になる。

①末期の肺癌患者

寺田智恵子(小池栄子)は末期の肺癌を患う芸者。
最後まで自分らしく生きることを主張し、咲和子からの指導に反発する。

咲和子たちは寺田の意思を尊重し経過観察することになる、咲和子は今まで携わってきた医療現場とのギャップ、処置のできない状況のもどかしさに直面することになる。

②在宅治療する胃瘻患者

脳出血で入院後、自宅で治療をする胃瘻患者 並木シズ(松金よね子)は寝たきりで夫 並木徳三郎(泉谷しげる)の介護を必要としている。

夫の徳三郎は在宅治療を強く望み、妻を愛しているが、老老介護に疲弊しており、治療をしようとする咲和子らに非協力的である。

今の状態でのつらい治療よりも少しでも人間らしく生きること、夫婦として自分が最後まで妻を支えていく事を第一に考えている徳三郎、咲和子たちは少しでも何かを考えた結果、並木家の掃除をすることに。

その並木家の家の中がいわゆる〝ごみ屋敷状態〟で不衛生極まりない状態で、その大掃除を咲和子、麻世、野呂で実施する。

咲和子たちに徐々に心を開いていく徳三郎だが妻シズはとうとう息を引き取ってしまう。

咲和子たちに老老介護の本音を漏らす徳三郎、妻に対しても何度早く逝ってくれと思ったか、などを聞いたとき人間には限界があることを思い知らされた感じがした、人間は基本自分の事だけで精一杯ということはあながち嘘ではないのかもしれない。

③再発した癌患者

プロの女流囲碁棋士である中川朋子(石田ゆり子)は癌を患い5年前に手術をしたが、転移が見つかり再発、一人娘と共に暮らしている。

幼馴染の咲和子を頼ってまほろばに来る。

咲和子は幼馴染であった明子と懐かしい街並みを散歩しながら明子の心に寄り添い、3日間ともに金沢の町で過ごす、明子の実家の痕を散策したり、二人でスマホで自撮りしたりとまるで姉妹のように過ごす、咲和子は明子をSTATIONにも連れていきまほろばの仲間としても明子を迎え入れ楽しい時間を過ごす。

その後明子は決めていた大きな手術のため入院する、しかし容態が急変し一人娘に看取られながら明子は帰らぬ人となる。。。明子の娘にスマホの待ち受け画面を見せられる咲和子、そこには金沢の町で咲和子と一緒に自撮りした画像が設定されていた。

この明子の小学生の一人娘はしっかりした子で、「母がずっと咲和子先生を信頼していました」と咲和子へ伝えます。

ここで咲和子は画像をみて悲しむという表情は見せないんですね、なぜかと言えば娘さんでしょう、娘からしたら母の携帯の待ち受けが自分ではないことは少なからずショックでしょうし、その気持ちをくんであまり表情を変えなかった咲和子が印象的なシーンでした。

治すことだけが医療なのかという疑問に向き合う形で咲和子自身も治療の幅を大きく広げていく。

咲和子の医師としての成長の過程を観ることができます。

④末期の膵臓癌患者

末期の膵臓癌を患う元高級官僚 宮嶋一義(柳葉敏郎)は、最期の時間を平穏に過ごしたいと咲和子らに望んでいるが、長年会えていない息子のことを気がかりに思っている。

宮嶋一義の妻である 宮嶋友里恵(森口瑤子)は、末期の膵臓癌である夫を献身的に支えていて、

高校卒業後に家出をした息子を夫に会わせたいと思っている。

一義は息子が幼い時に買ってあげたプラレールをベッドの隣に置き、時々列車を走らせて息子のことを思っている、プラレールに関しては一義自身が幼少期に欲しかったものでもあったが、一義の家庭が学業優先だったことで希望は叶わず、このプラレールを自分の息子に買ってあげられたことが喜びであり良い思い出でもあった。

官僚であった一義の息子に対しての教育方針などは作中では明らかにされていないが、元官僚というキーワードから、そこはあえて視聴者の想像を掻き立てるようになっているようにも感じた。

おそらく一義が厳しく育てたであろう息子は仕事も忙しく簡単に帰省できない立場で、一義も友里恵もその立場をわかっているという設定なのだろう。

そしてその宮島家にもとうとう最後の試練がやってくる、一義の容体が急変し宮島夫婦と咲和子、麻世の緊張の場面となる。

意識が遠のく一義に対し友里恵は息子への連絡がつかず頭を抱えていた、プラレールの列車をいつものように走らせ、友里恵は必死に一義に話しかける。

どうにか一義に息子に合わせたい咲和子は、おくれて到着した野呂に一義の手を握り息子になってあげて話しかけるように要求する。。。

野呂は「親父!来たよ!俺だよ」と渾身の言葉で一義に話しかける。。。

切ない場面と何とも言えない気持ち、それでも野呂の必死な対応と渾身の言葉は今ここにいない息子の気持ちが乗り移り、きっと一義も天国へ旅立ったのではないかと思わずにはいられなかった、咲和子の判断は最善であったと思えるシーンでした。

⑤小児癌患者

8歳の小児癌の少女 若林萌(佐々木みゆ)は、海に行くことに憧れていて野呂に懐いている。

萌の母親 若林祐子(南野陽子)は、幼い娘に迫る死を受け入れられず、新薬を使った治療を強く求める。

萌は自分でも死が近いことを認識していて、麻世に「死ぬときって怖いのかな」と口に漏らす、麻世は「咲和子先生が魔法をかけてくれるから怖くないよと」返す、つらいシーンだ。

自分の死期などまだ知る由もない成人の麻世が死期が近づいている8歳の女の子を前にして最善のやり取りをしなければならない、正直に大人の考えをいうこともできず、かといって不安にさせるようなことも言えず、それでも最後まで萌に寄り添ってあげたいという一心で職務をこなす。

野呂もまた萌に寄り添い何とかしてあげたい気持ちが空回りし始めていた、萌の新薬にかかる費用のため野呂は自分の高級車を売り現金を工面してくるが、萌の病状はもうすでに手遅れの状態だった。。。

萌は人魚の絵本を読んでいたところ野呂に海へのあこがれを語りだす、野呂と麻世はなんとか両親を説得し、萌を海へ連れていく事になる、野呂と麻世の若手が患者に寄り添うことで起きた奇跡だ。

海につくと萌は両親に抱えられて波打ち際まで進む、両親は膝まで海につかりながら萌に「萌、海だよ!」と話しかける、萌も笑顔だ。。。萌の笑顔、家族で楽しむ姿を見て涙が溢れました。

そして野呂が突然パンイチになり海へ、萌を背中にのせて沖へ泳ぎだす、「先生、連れてって、海の果てまで行きたい。」萌は野呂の背中に乗りながら語り掛ける。。。

優しく寄り添い、最後の時まで輝かせる、

そんな神様の所業みたいなことに近づけることができるのも人間なんだな、患者とそれを支える人の力で奇跡に近づくことができるのかもしれないですね。

東映公式 いのちの停車場より

咲和子と父 達郎の約束

生きる力を照らし出す「まほろば」で自分の居場所を見つけた咲和子。

だがその時、父親である白石達郎が病に倒れてしまう・・・。

妻に先立たれており、咲和子が帰ってきたことを喜んでいた達郎、しかし、骨折をきっかけにドミノ式に病に冒されることとなる。

達郎はどうすることもできない痛みに苦しみ、あることを咲和子に頼もうとしていた—。

それは積極的安楽死の依頼だった。

これまで医師として在宅医としていくつもの命を救い、いくつもの命に寄り添ってきた咲和子だったが、そんな咲和子が自分の親の命に手をかけることを考えなければならない状況になったのです、残酷すぎるし可哀そうです。。。

院長の仙川に相談する咲和子ですが、安楽死は日本の法律では禁止されていることをあえて咲和子へ伝えます。

しかし咲和子はまほろばを去ることを決意し退職します。

そしてラストシーンです、金沢に昇る綺麗な朝日を咲和子と達郎は実家の部屋でむかえます、達郎はか細い声で「きれいだ。。。」と言い咲和子は「綺麗ね」と言い泣き崩れてしまいます。

最後に咲和子は父達郎の希望を叶えたのでしょうか。。。

ここで映画は終わってしまいますのでこの後咲和子が父に安楽死の処置をしたのかどうか真相はわかりませんが、最後のシーンはほんとに綺麗な朝日でした。

あの朝日の美しさが人の命の美しさであることを感じとれる、そんなエンディングでした。

まとめ

上記5つのストーリーのほかにもストーリーが出てきます。

映画『いのちの停車場』は十人十色の人生を在宅医である他人がどのように関わっていくのかを描いたヒューマンドラマです。

見てわかる通りキャスト陣が豪華で特にベテランキャストの方の舞台挨拶での言葉が印象に残りました。

〝生ききる〟ということをこの作品で伝えたかった、と原作者で内科医の南杏子さん

一日一日を精一杯生きることが明日へつながる、それが一生つながればそれは幸せな事、と吉永小百合さん。

生きるも死ぬも日常である、という泉谷しげるさん。

世界を見渡した中で自然死を迎えられるということは本当に幸せな事なのかもしれない、と西田敏行さん。

松坂桃李さん、広瀬すずさんの若手2人の演技も素晴しかった、おそらく素直な人柄の良さがにじみ出た作品になったのではないかなと思いました。

素晴らしいストーリーで構成された映画でした、ただこの1作品で120分弱にまとめ切れていない感が多少感じました。

制作者サイドの思惑は私にはまったくわかりませんが、今回のストーリーごとに映画のシリーズ化でじっくり伏線回収や細かい結末を観てみたい気持ちは正直ありました。

観終わった後もいろいろ考えさせられたり、考察のしがいはありますが。。。

映画『いのちの停車場』は、在宅医師が直面する老老介護や終末期医療、積極的安楽死といった現代日本の医療制度の問題点やタブーに向き合い、医師やいくつもの患者および患者の家族の姿が描かれた感動作品でした。

GB

東映公式 いのちの停車場より

今回の鑑賞劇場

MOVIX清水

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